乃木神社参拝

画像明治天皇御陵を参拝の後、参道を少し外れたところにある乃木神社を訪ねました。

駒札にはこのように書かれてあります。(拡大可)
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表門を入った先に本殿はあり、本殿の前にはロシアのステッセル将軍から送られたという馬「璞号」の像もありました。
   本殿                            「璞号」(あらたま号)
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境内には学習院長時代の乃木将軍の胸像(昭和天皇を教育されたそうです)や
                      長州にあった屋敷などもありました。
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こちらの記念館は南満州の民家で日露戦争の旅順攻撃の時の指令部にあてられていたそうです。乃木将軍が常に起居されていたそうです。凄くおしゃれな外観に見えました。
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中には
「水師営の会見」の絵や明治天皇の崩御の後の殉死の模様などの絵がありました。
「水師営の会見」やステッセル将軍、学校で習ったような・・・・。

こちらが「水師営の会見」。  下の説明文です。拡大しました。
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又、乃木は従軍記者たちの再三の要求にもかかわらず会見写真は一枚しか撮影させずに、ステッセリらロシア軍人の武人としての名誉を重んじた。

敵将(ステッセリ)に失礼ではないか

後々まで恥を残すような写真を撮らせることは日本の武士道が許さぬ

こうした乃木の振る舞いは、旅順要塞を攻略した武功と併せて世界的に報道され賞賛されたまた、この会見を題材とした唱歌『水師営の会見』が作られ、日本の国定教科書に掲載された。
(ウイキペデイアより)

この「唱歌」がこれ。私は初めて知りましたけど・・・・。境内にありました。
佐々木信綱作詞、岡野貞一作曲と言えば知る人ぞ知る・・・ですね。
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そして次は殉死の図。
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こんな資料もありました。毎日新聞の記事。
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もっといろいろとありましたけど、この辺りでお終いにします。

画像そうそう、最後に これだけは載せておこうかしら!

本殿のすぐ左側前にありました。

すべてに勝ちま栗だそうですよ!











この記事へのコメント

おおなまず
2019年07月03日 23:38
乃木将軍に付いては学校で習った訳ではありませんが、多分日露戦争でバルチック艦隊を撃破した映画などで知っています。立派な神社にお祀りしてあるのですね。その名もまさしく乃木神社。

安土(近江八幡市)の佐々木神社の一角にも乃木神社があります。日清・日露戦争では日本が勝利しましたが一方で多くの戦死者が出たと聞いております。特に旅順要塞を攻略するため人海戦術を使い消耗品のように尊い命が奪われました。
今の日本の繁栄の陰にこう言った事実があることは殆どの人々が忘れています。

それにしても、乃木将軍様、奥様まさしく日本武士と内助の誉れだったんですね。殉死、今では考えられませんね。
ぴあの
2019年07月04日 22:36
おおなまずさん、
この度、ブログがリニューアルされ 以前と全く変更になり少々戸惑っています。新しい記事を書くのも、時間がかかりそうで慣れるのも大変です。

又レスコメしようとしたらおおなまずさんのコメントが表示されず、本当に不便な事です。
当分新しい設定に慣れるまでトンチンカンな事をやらかしてしまいそうですが、どうぞご容赦ください。

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