北野天満宮の終い天神
本殿前も大賑わい。お参りするにもかなりの時間 待たなくてはいけません。
来年の干支の酉が掲げられて何となく新年の気分も味わうことに。
こちらの絵馬の原画は三輪晃久画伯の作だそうです。
うまく写真が撮れなかったですが・・・・

そのほかに今年は特に骨董屋さんや古い着物を扱うお店などが目に留まりました。
きっと外国人観光客目当てなのだと思いますが 例年になく外国の観光客が多かったように思いました。
私は特にお目当てもなくぶらぶらと見て回りました。
それでも古い着物を扱うお店で1枚100円とかの値段を目にすると 亡き母が一生懸命私の為に作ってくれた着物の数々も いずれはこんな感じで処分されるのかな?・・・・・なんて思うと
涙が出てきそうになりました。
嫁入りの為、昔は恥ずかしくないようにと揃えてくれたのに 一度も手を通さず 仕付け糸がついたままの着物を思い浮かべてしまって。
まあ、今頃後悔しても後の祭りですが・・・・。
縁起物なので毎年購入するのですが、今まであまり目に留めなかったのですが、ふと気になりました。
この大福梅が入っている袋に書かれている「撤饌」という字。
まず読み方は「てっせん」 これは何となくわかりましたけど意味がいまいち?
結局ネットで調べることに。 以下のようですよ。ご存じの方があれば失礼しました。
撤饌とは、神饌を徹すること、またはその儀式のこと。そこから派生して、おさがりとして参拝者に撤下(てっか)されるもの(撤下神饌)も撤饌と呼ばれるようになりました。
そして写真の右に写っているのが「大福梅」
これは北野天満宮境内梅苑で採れた梅を調製した梅干です。
元旦に祝儀として茶の湯の中にこの梅干しをいれて飲みます。
起源は説明書きによると
村上天皇の天暦五年(951)「疫病流行し、天皇御脳にかかり給いしが この茶を服し給えば御脳 たちどころに平癒す」「これにより王服と称して毎年元旦にこの茶を服し給い萬民これを倣い、年中の疫病邪気を除き長寿幸福を得るなり」と伝えられています。
大福と書くのは王服に大福の吉字をあてたもの。
まあ、 美味しいとは言えませんが・・・・。
いよいよ気ぜわしい年の瀬を迎えます。
*この間不思議に思った石灯籠の上にある擬宝珠のようなもの、再度見たら私の考えすぎ?
お銚子のようなものは、どれも新しくそこだけ作られたみたいでした。
色がちょっと違うみたいです。



"北野天満宮の終い天神" へのコメントを書く