余部鉄橋を見てきました(1)

ご存じないかもしれませんけど、余部鉄橋は私にとっては忘れられない場所です。
実はこの余部鉄橋から列車が転落する事故が起きました。こちらがその経緯です。(拡大可)
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IMG_5851.JPGこの碑文は新しいコンクリート製の余部鉄橋の橋脚の傍に建てられた聖観音菩薩像の台に刻まれています。

昭和61年12月28日、我が住まいのある京都市でも強風が吹いていて、私事ですが、私の母は、さしていた傘が風にあおられ転倒しました。

背骨を骨折した母はこの骨折を境に急に衰えてしまいました。ということで私には忘れられない場所となりました。


事故の前の鉄橋はこんな感じです。
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今回初めて知ったのですが1912年(明治45年)に開通し、2010年(平成22年)に運用を終えるまで98年間運用されていたそうです。

IMG_5853.JPG今回 新しい鉄橋を初めて真近に目にし、改めて亡くなった母のことを思い出し、思わず観音様に手を合わせてきました。

こちらが新しいコンクリート製の余部鉄橋です。(ちょっとアングルが悪くて

それにしても日本海からの強風をまともに受けるこの場所で、100年近く現役で運用されていた事が驚きです。




こちらに以前の橋梁の一部が保存されていました。
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この日の昼食は道の駅でちょっと張り込んで、余部鉄橋御膳(カニちらし)を頂きました。転落事故で亡くなられたカニ工場の人々をしのんで。
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こちらは、お土産にもらった鉄橋写真カード。








転落事故当時、愛知県に住んでいた姪は、まだ幼かったからか この事故のことを知らないと言っていました。
今は大学生の母になっていることを思うと、事故からの長い歳月を思わずにはおれません。

この記事へのコメント

人生ゆっくり
2020年10月19日 17:44
そのようなお母さんへの思い出があったのですね。
鉄橋の上からの墜落事故というのは、ふつうないでは考えれませんね。
いつか再び行くことがあったら、しみじみ眺め見よう思はいます。
ぴあの
2020年10月19日 21:08
人生ゆっくりさん、
もう大分前の事ですが いまだに余部鉄橋と聞くと、亡き母を思い出します。暮れの一番忙しい頃でした。お正月の準備で買い物に出かけたのでしょう。

それにしても以前の落下防止の柵(?)もないあの鉄橋、見てるだけでも怖いです。新しいコンクリートのは柵があるようです。
日本海からの強風が直接あたる冬場の運行は大変だと思います。
いつかぜひお出かけ下さればと思います。